SS「Yフォー・ヴェンデッタ」
2007/12/09(Sun)
久々に雪路SSを投下。
先日観たこの映画の影響が強いです。

SS「Yフォー・ヴェンデッタ」
冷たい風が吹きつける、夜の闇に包まれた静かな港。
そこに立ち並ぶ倉庫の一つ、雑然と物が置かれた倉庫の中。
複数の罵声と悲鳴が、そこで響いていた。
罵声の主は、いかにもガラの悪そうな、やくざ風の男たち数人。
悲鳴を上げているのは、目隠しをされた一組の男女。
そこへ今、倉庫の中に入った雪路と、雪路の恩師である桂が近付いて行く。
二人の姿を認めると、騒いでいた男たちは静かになった。

雪路が男たちに向けて合図をする。合図に応じ、男たちが男女の目隠しを外す。
二人が雪路を見た途端、この世の終わりが訪れたかのような表情を浮かべた。
初老の男女は、雪路を見てひどく怯えていた。
雪路はその二人と、過去に面識があった。
「やっと会えたわね――お父さん、お母さん」
雪路の眼は、自分と妹を捨てた実の両親を鋭く見据えていた。
昔、雪路と妹のヒナギクに8000万円の借金を押し付けて逃げた、実の両親。
今まさに、数年ぶりとなる親子の再会である。
そこには感動など、欠片ほどもなかった。

「会えて嬉しいわ。何年ぶりかしらね? もう忘れちゃったわ」
雪路は眉間に皺を寄せていた。
言葉に感情はこもっておらず、まるで笑っていなかった。
両親は恐れおののき、ガタガタと震えている。
何かを言おうとしているのだが、恐怖で声が出ないようだ。
雪路は手短に済ませようと思った。
両親の震える手に、雪路は黙って一輪づつ花を手渡す。
「餞別よ」
花の名はデイジー。つまり――ヒナギクの花だ。
雪路にとって、おそらく両親にとっても、特別な意味を持つ花。
雪路は両親に顔を近づける。
「この花を、かつて貴方たちが犯した大いなる罪と――この末路に捧げるわ」
吐息のかかる距離で、雪路は冷たく言い放った。
「さよなら――お父さん、お母さん」
別れの言葉と共に雪路は踵を返し、両親に背を向けた。
心の底からこみあげてくる感情を、必死に抑えていた。
「先生、あとお願い」
桂に最後の仕上げを頼む雪路の肩は、かすかに震えていた。
桂がゆっくりと両親の前に進み出て行く。
桂は懐から拳銃を取り出した。二丁拳銃である。
雪路は背を向けているので桂と両親の姿は見えない。
耳がとらえる声や音で、だいたい想像はつく。
桂は両親に拳銃を突きつけているのだ。
腹の底から搾り出すような、謝罪の言葉が聴こえた。
両親が自分たちのあやまちについて、謝ったのだ。
その言葉にウソは微塵も感じられなかった。
だが残念ながら、謝罪の問題ではないのだ。
借金を押し付けて逃げた時点で、もうダメなのである。
雪路は桂を止める気など、まったく無かった。
「雪路は貴方たちの作った借金を、すべて返済しました――」
「どうして逃げたのですか――」
「雪路一人でも返せた。家族で力を合わせて返す道もあったでしょう――」
「それなのに逃げた。問題ばかり起こす雪路が、疎ましかったですか――」
拳銃を手にしたまま、桂が両親を責め立てている。
これまでに溜め込んでいたモノを、すべてぶつけておきたいようだ。
桂も両親と話すのは、これで最後になるだろうから。
「確かに雪路はメチャクチャでノーテンキな、始末に終えないバカ娘ですが」
(どさくさにまぎれて言いたいこと言うな、このバカ―――――!)
後で一発、ぶん殴ろう。絶対に。
雪路は両の拳を固く握りしめた。
「あー、もういいから。とっととやっちゃって」
雪路は背を向けたまま、両親を責め続ける桂の言葉を遮る。
正直言って、もう堪えきれないのだ。そろそろ、終わりにしたかった。
「まだ全然言い足りないぞ。ヒナのこととか」
「あんたがヒナの話すると校長の話より長いから。早くしてよ」
「ちっ。わかったよ」
かなり不満げだったが、桂は一応雪路の意向を汲んだ。
拳銃の撃鉄を起こす音が聞こえた。いよいよ、両親を撃つ気だ。
両親の言葉にならぬ声が響きわたる。
死への恐怖と、罪悪感に苛まれているかのような叫び。
両親は謝罪の言葉を紡ぎ続けている。必死に命乞いをしている。
雪路に向けて。ここにはいない、ヒナギクに対して。
雪路の感情は堰を切って溢れ出す寸前だった。
二発の乾いた音が倉庫内に響く。
雪路はようやく振り返る。桂に銃で額を撃たれ、顔を真っ赤に染めた両親の姿。
心の中に押し込めていた想いを、雪路は一気に爆発させた。

「ぶわははははははははははは!!」
雪路は倉庫に響き渡るほどの大声で爆笑した。
腹を抱え、涙目で笑っていた。
「マジでびびってやんの! あはははははは!」
ゴロゴロとその場で笑い転げる。
周りを囲んでいた男達の一人が、パネルのようなものを懐から取り出した。

「どっきりカメラ」

借金返済時に築いた人脈と情報網。
それを存分に活かして、雪路は実の両親を探し出した。
怖い顔の知り合いを動員し、両親を拉致。
あらかじめ借りておいたこの倉庫で、両親を脅かす。
すべては、雪路と桂の仕組んだことだった。
「どっきり大成功、バンザーイ!」
ずっと雪路は、笑いを我慢しつづけていた。
どっきりを成功させた雪路は、気の済むまで笑い続けた。
嬉々とした表情で、仕掛人である男たちと次々にハイタッチを交わす。
赤い染料を顔に浴びた両親は、呆然とした表情だった。
撮影などに使うニセの拳銃を手にしたまま、桂は立ち尽くしていた。
しょうがない奴だと言いたげな、呆れつつも優しい表情を浮かべている。
昔から、雪路が騒動を起こした時に見せる顔だった。




どっきりの後始末を終えて、雪路は自分の義父でもある桂と帰路につく。
優しい義母と、大事な妹の待つ家へ。
帰ってきた二人を、玄関で義母が迎えた。
「おかえりパパ、雪ちゃん。ヒナちゃんはもう寝ているわよ」
「まだ十時前だけど・・・ずいぶん早いわね」
早寝早起きの良い子である。
雪路が健全な生活を送る妹に感心していると、桂が呟いた。
「これで良かったのか、雪路」
「何が?」
「本当に、後悔しないのか」
「これでいいのよ」
雪路は後悔をしない主義だ。常に前を向いて生きている。
「そうか? 一、二発ぶん殴っといても良かったと思うぞ」
「何、その危険思想?」
だが桂の思想を最も色濃く受け継いでいるのは誰か。
元・教え子で養女の雪路に他ならなかった。

過去を振り返っていても、未来に得るものは何もない。
だから、復讐なんてくだらない。
かつての家族――実の両親とは、もうお別れだ。
あの悪趣味などっきりは、実の両親に対する決別の儀式だった。
「あ、そうだ」
雪路は渾身の力をこめ、義父のみぞおちに重いパンチを食らわせた。
さきほど、バカ娘だなんだと言われた怒りをこめていた。
「うぐっ!何しやがる!」
雪路の拳を受けた桂はうめき、床に尻餅をつく。
「さっきはよくもバカにしたなー!罰としておごれ!主にお酒を!」
「誰がおごるか!つーか、早く先月に貸した一万円を返せ!」
「うるさーい!いちいち細かい事言うな、このロリコン親父!」
「なんだとー!誰がロリコンだ!」
雪路は桂と、玄関で取っ組み合いの喧嘩をはじめた。
お互いに罵声を浴びせ、拳をぶつけ合う。
「まあ二人とも・・・本当に仲が良いわねぇ・・・」
義母は微笑みを浮かべていた。
夫と娘の喧嘩は日常茶飯事なので、まるで動じない。
「でもいい加減にしないと、お小遣いカットよ?」
ヒナちゃんが起きちゃうし、ご近所に迷惑でしょ?
そう続ける義母の言葉には、逆らいがたい力がこもっていた。
「「ごめんなさい」」
雪路と桂は、二人同時にひれ伏した。
二人の動きと声は、見事なまでにシンクロしていた。

こんなにも楽しく愉快な新しい家族と、新たな人生を歩んで行く。
「桂雪路」の希望に満ちた人生は、始まったばかりだった。



雪路の過去を捏造してみた。
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