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桂雪路お誕生日記念SS『ぷらいすれす』
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2007/11/19(Mon)
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双剣士さまの雪路お誕生日記念SS、第5部をアップします。
これにて完結です。 双剣士さま、力作をありがとうございました。
桂雪路お誕生日記念SS『ぷらいすれす』
第5部 それから先は、これまでの苦労は何だったのよって言いたくなるくらい、トントン拍子に進んだ。 まずヤクザから足を洗う件については、向こうの方からクビ宣告されるという予想外の展開が待っていた。『白髪の悪鬼』と恐れられていた私が小学生の女の子にフルボッコにされたという噂は一夜にして関東を駆け巡ったそうで、お前なんかを荒事に投入したら敵味方の双方からナメられちまうと直属の兄貴は呆れ顔で私に言った。もうヤクザとしちゃ使い物にならん、さっさと家に帰ってホームドラマやってろ、と。 「で、でも、借金が残ってるままで足抜けしたら……」 「これのことか?」 引き出しから札束を取り出して机に積み上げる兄貴。姐さんの稼ぎのほとんどを飲みまくったのは俺たちだ、こういうときに借りを返さにゃ男がすたる……昨夜の一件のあとで舎弟たちがカンパ金を集めたところ、関東全域からお金が集まってきたそうだ。その額およそ700万円、借金を利子つけて返しても半分ちかく余る。取り立てる残金額より餞別(せんべつ)のほうが多いなんてマンガにもならん、と兄貴は苦笑しながら漏らした。 「おっと、あいつらに礼なんか言うんじゃねーぞ。俺たちのことなんか忘れて堅気になれ。お前には守るものができたんだろ」 私は深々と頭を下げた。 過去を清算して桂家に帰ると、今度は中堅企業OLの臨時募集の職が待っていた。正直こんな過去を持った女はまっとうな勤め先なんて無いだろうと思ってたのに、学校教師を父親に持つという信用度は世間では思いのほか大きかったらしい。嘘でしょと思わず言ったら義父さんに殴られた。家族に対する責任ってのはこういうことを言うんだ、よく覚えとけと義父さんは誇らしげに私に言った。その様子にちょっと腹が立ったけど、おめでとうと抱きついてくるヒナの笑顔を見たら複雑な思いなんて吹き飛んだ。 こうして、朝陽を浴びた桂家から妹と手をつないで出勤し、日の当たるオフィスで新しい友達と談笑し、陽が暮れたらご馳走の待つ我が家に帰るという生活が始まった。無くしたと思ってた平凡な幸せが戻ってきた。お給料は極道時代の10分の1以下になってしまったけど、お金で買えないものを手に入れた私は夢の中に居るみたいに幸せだった。 ……でも、極道時代の負債が完全に拭い去れたわけじゃなかった。 ガバガバと豪快に飲み食いする私のことをお義母さんは最初はやさしく見守ってくれてたけど、そのうちにお酒を控えるよう私に文句を言い始めた。理屈では分かってるけどいまさら無理。だって私は毎晩のように飲み歩いたあの年月のせいで、アルコールを分解してエネルギーにするように身体が出来上がってしまったんだもの。パンとか御飯とかのレベルじゃなくて、空気を吸うくらいの感覚でお酒を飲んでないとやって行けなくなっちゃったんだもの。 じきに義父さんからのおこずかいも貰えなくなって、エンゲル係数……じゃない、飲んげる係数は50%を軽々と突破するようになっていた。いくら怒られてもやめられない。だって飲んでないと辛いんだもの。ヒナを捨てちゃったあの日々がふと頭をよぎると、お酒で紛らわすしかなくなっちゃうんだもの。 ヒナにもよく怒られるんだ、今はいつだって会えるんだから飲まなくてもいいでしょって。でも理屈じゃないのよねぇ、パブロフの犬状態っていうか何ていうか、もう理性でどうにかなるレベルじゃないのよ。桂雪路はこういう女なんだって、まるごと認めてもらうしかないわけ。 でもね、問題はそれだけじゃないの。お酒の量もそうだけど、先立つものが足りなくなってきちゃったのよね。OLのお給料なんて雀の涙だし、転職したあとの収入も昔とは程遠いし。だから……。 ----------------------------------------------------------- 「……っていう話をしたわけなんだけど……ヒナ?」 「……よ、よくもまぁ、ポンポンと口からでまかせを……」 我が愛しの妹は、私の前で拳を震わせていた。今の私は白皇学院の世界史教師、ヒナはそこの生徒であり生徒会長。姉としても教育者としても、私はヒナより目上の立場に居るはずなんだけど……なんでだろ、あの日以来ヒナには叱られてばっかり。 「おっかしいなぁ、この話をしたら、商店街のおじさんとかは気持ちよくお金を貸してくれるのに」 「なに言ってんのよ! 知らない人はともかく、お義父さんや私がこんなのを信じると思ってんの?!」 「だからヒナたちには回りくどいことしないで、ストレートに頼んでるじゃない。お金をください」 「より悪くなってるわーっ!!」 そういえばケンカだって、ヒナには一度も勝てなくなったような気がする。まぁそれはいいわ、腕力に物を言わせてた時代は過去の話。当面の問題はお金よ、お金! 「だいたい私たち、なんで喫茶店の持ち主ってことになってるわけ? 借金に追われた日は住む家も無くなって、公園で凍死しかけたのを忘れたの?」 「あ、いやぁ、こういう場合はケナゲっぽい脚色ってありだと思うし……それに冬の公園で死にかけながらも生き延びたなんて、そんなたくましいエピソードを入れたら同情してもらえなくなるじゃない……」 「とにかく! もうお姉ちゃんにはお金なんて1円も貸しませんから! さっさと出て行きなさい!」 恩知らずで薄情な妹に怒鳴られて、私は生徒会室から何の手土産もなく放り出されてしまったのだった。 えっ、今の話のどこまでが本当で、どこからが嘘なのかって? やぁねぇ、私はおおざっばで有名な美しき世界史教師よ? 昼メロや朝ドラでやるみたいな、お涙ちょうだいな過去なんてある訳ないじゃない。 でも全部が嘘とは思えないって? そう……じゃ、信じてくれてもいいわ。女は少しくらいミステリアスな方が魅力的って言うしね。でも同情してくれるんなら……ちょっとでいいからお金貸して? 今月マジでピンチなのよ〜〜、お願いっ!! Fin. |
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桂雪路お誕生日記念SS『ぷらいすれす』
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2007/11/17(Sat)
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双剣士さまより、雪路SSの第4部が届きましたのでアップします。
雪路の誕生日頃にひいた風邪は治りました。
桂雪路お誕生日記念SS『ぷらいすれす』
第4部 飲まずには居られなかった。 公衆電話から吐き出されたテレカをズタズタに破り捨てた私は、その足で近くのショットバーに飛び込んだ。有無を言わさぬ口調で貸し切りを宣言し、舎弟たちにお金を持ってこさせる。ケチで有名な雪路姐さんのおごりと聞いて馳せ参じたチンピラたちは、口々に私の武勇伝を誉めそやしながら飲みまくり騒ぎまくった。下心を隠そうともせずに私のグラスにお酒を注ごうとする連中が次から次へと押し寄せた。その全てを一息で飲み干す私を見て連中の意気はますます上がった。 そんな喧騒に包まれながら当の私はというと。 『お姉ちゃん……お姉ちゃんまで、いなくなっちゃうの?』 ヒナの声が頭から離れない。忘れたいのに、酔いつぶれたいのに、私の身体はちっとも意識を手放してくれなかった。周囲の連中とバカ話をしながらも頭はますます冴え渡り、壊れたビデオのようにヒナとの思い出ばかりを再生する。両親の分まで妹のことを守ると誓った私に対する、これは罰だ。私の背中を一生懸命に追いかけてくれた小さなヒナの手を、よりにもよって私の方から離してしまった。私はその十字架を一生背負い続けていかなきゃならないんだ。 『私がヒナのこと置いてく訳ないでしょ? ヒナは世界一大切な私の妹よ、これからもずっと』 こんな言葉を口にしたのはどのくらい前だったろう。妹のためにと思って頑張って、他人を傷つけてまでお金を貯めたって、そんなの今となっては何にもならない。ヒナを手放して何を守るって言うんだろう? やっぱりこんな、極道の世界なんかに身を落として借金を返そうとしたのが間違いだったのかしら。たとえばお金持ちのお嬢様を誘拐して身代金を取るとか、ファミレスに強盗に入って売上金を奪うとか、そういう手っ取り早い方法のほうが良かったのかしら。 「……最低。完全にチンピラの思考回路になってる……」 まんじりともせずに朝を迎えた私は、周囲に寝転がってる連中のお腹をヒールの踵で踏みつけながらまぶしい店外へと歩き出したのだった。 その日から私は借金を返すのをやめ、稼ぎの全てを飲み代に当てた。どうせ返済完了してもヒナの所に行けないのなら、せっせと返す意味なんかない。守るものの無くなった私は以前よりずっと冷酷な振舞いで破壊工作や脅迫に勤しみ、いつしか『白髪の悪鬼』という有難くもない異名で呼ばれるようになっていた。そして一仕事終えるたびに酒場に繰り出してパーッとお金を使い切る。手元に残しておいたら《もっと早くこの札束を手にしていたら》と後悔ばかりしてしまう気がして、私は敵を振り払うかのように派手にお金をばら撒いた。直属の舎弟たちはもう私の相手にもならなかったから、同門の組織や馴染みの悪党たちにも声をかけて酒場に誘い出して一晩中飲み明かす。いつになったら私を酔いつぶしてくれる奴が現れるのかしら、そうしたら何もかも忘れて甘えられるのに……そんな自暴自棄な望みを胸に抱きながら、私は連日連夜にわたって飲み続けた。でも神様の罰だろうか、私の希望をかなえてくれる男はいつまでたっても現れなかった。 そんな自堕落な日々がどれくらい続いただろう。 それは馴染みのお店を追い出されて開店したばかりの安酒場に乗り込んだ日のことで、そろそろ日付が変わるくらいの時間帯だった。いつものように醒めきった頭で底抜けの胃袋にお酒を流し込んでいた私の耳に、聞きなれた、2度とは聞けないはずだった甲高い声が飛び込んできた。 「お姉ちゃん!!」 嘘だ、ヒナがこんなところにくるはずない。これは幻覚だわ、とうとう地獄からお迎えが来たんだわ……のろのろと脳味噌の回線をつなぎ直していた私は、強烈な痛みとともに現実に引き戻された。 「痛っ!!」 「お姉ちゃんのバカ、お姉ちゃんのバカぁっ!!」 椅子から転げ落ちた私に容赦のない竹刀の攻撃が叩き込まれる。小学生とは思えないパワーと正確さで、ヒナの操る竹刀は喉元や脇腹や脳天を直撃した。背中を丸めて逃げ回っても、小さな足音と甲高い打撃音はどこまでも追いかけてくる。 「このガキ、姐さんになにを……」 「手ぇ出すな!」 いきりたつチンピラたちを制止しようと片手を上げた途端、竹刀に足をすくわれて私は仰向けに横転した。その隙を見逃さず、ヒナは私に馬乗りになって上から打撃を振り下ろす。 「バカ、バカ、バカ!! お姉ちゃんのバカ!」 ちょ、ヒナ、ミニスカートのくせにマウントポジションなんかやるんじゃない……腕でガードしながら私はそんなピンボケなことを考えていた。強烈な打撃が一瞬途切れ、その直後に鳩尾への突きが振り下ろされる。おもわずガードを下げてしまった私の首元に小さなグラップラーは覆いかぶさってきた。フロントチョーク?! とか思ったのもつかの間、 「お姉ちゃん、お姉ちゃん、わああぁぁ〜〜」 ……回避不能なクリティカルヒット。腕の力も闘争心も、ヒナの泣き声を聞いたとたんに根こそぎ洗い流されてしまった。首にしがみついて泣きじゃくる妹の頭からはミルクの匂いがする。荒事の世界では縁のない匂いであり、たまらなく懐かしさを感じさせる匂いだった。こんな感情が私にもまだ残ってたんだ……そんな感慨を抱いたとき、もう1人の懐かしい声が頭上から降ってきた。 「探したぞ、雪路」 「……どうしてここが?」 「薫くんから連絡があった。ずいぶん前にジャズバーでお前を見かけてからずっと気にかけてくれてたそうで、ようやく見つけたって電話をくれたんだ」 「あの、バカ……」 私は妹の背中に手を回して、そっと抱きしめた。ずいぶん以前に無くしたものをようやく取り戻せた、そんな実感があった。 私はそのまま安酒場を連れ出され、桂家の応接間に正座させられていた。泣き止んだヒナは今でも私の首根っこにしがみついたまま。手を離したら私がまたどこかに行ってしまうとでも思ってるんだろうか。 「まずこれにサインしろ」 神妙に身を縮こまらせる私を座らせたまま、目の前のテーブルに桂先生は2枚の紙を置いた。どちらも養子縁組の申請書。一方はヒナの分、そしてもう一枚は……え、私? 「ちょ、これ、どういうこと?」 「今回の件で、お前がコドモだということがよく分かった。放っておいたらとんでもない方向に暴走するやつだとな。保護者が必要だろ」 「あ、いや、私もう二十歳超えてるし、保護者の要る歳じゃ……」 「お姉ちゃん!!」 「……はい」 背後からのプレッシャーに逆らう術はない。私はのろのろとボールペンを動かした。一枚は保証人欄に、もう一枚は本人欄にサインする。借金を抱えた私がご迷惑をかけるわけには、などと反論できる空気ではなかった。なんとなくシャクだった私は、先生の約束不履行をぶちぶちと小声でつぶやいたのだけど。 「ヒナの分、まだ役所に出してくれてなかったんだ……」 「当たり前だろ。お前とヒナちゃんの縁を切るようなことを、俺がすると思うか」 「先生は言ってたよ。お姉ちゃんが私をおいて外国になんか行く訳ないって」 「うぐ……」 当たってるだけに反論できない。お釈迦様の手のひらに乗せられてるような敗北感を感じながら、私は朱肉に指を押し付けて書類に母印を押した。つづいて桂先生と奥さんが判子を押して書類は完成。先生は楽しそうに顔を上げた。 「よし、できた。これでお前は俺の娘だ、雪路」 「……そうね」 「じゃこれが、父親としての初仕事だな」 そういうが早いか、私の頬に拳骨が飛んできた。ヒナの竹刀なんか比較にならないパワーに吹っ飛ばされた私が顔を上げると、先生は……もとい、くそ親父は嬉しそうに胸を張って宣言した。 「立て! ヒナちゃんの分、薫くんの分、そして俺たちが心配した分を思い知らせてやるから」 「ひどい、児童虐待だわ! 教育委員会に訴えてやる!」 「うるさい、出来の悪い娘を父親が殴ってなにが悪い!」 「そ、それが言いたくて養子にしたわけね……」 くそ親父は私の傍にしゃがみこむと、今度は平手で何度も何度も私の頬を打った。ヤクザどものパンチに比べればスピードも切れもなかったけど、なぜか避けちゃいけない気がして私は往復ビンタをおとなしく受け止めた。するとじきにヒナの竹刀攻撃第2章も加わって……どっちにしろ避ける術のない私は、ズタボロに叩きのめされる羽目になってしまった。 痛いけれど嬉しくて、苦しいけれど胸が熱くて。心地よく意識を手放せそうになった、その直前。 「雪ちゃん、私からもお仕置きよ♪」 「あ、いや、お義母さん、ちゃん付けされる歳じゃ……」 「なにか言った?」 「……いえ、雪ちゃんでいいです」 「責任持って、お料理を全部平らげてちょうだい。残したりしたら承知しないわよ」 応接間から食卓に連れてこられた私の眼前には、贅を凝らしたパーティ用料理の山が並べられていた。涙をグジグジと流しながら頬張ったお料理は、とても暖かくて柔らかくて、でもちょっぴり塩味が強かった。 |
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桂雪路お誕生日記念SS『ぷらいすれす』
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2007/11/12(Mon)
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双剣士さまによる、雪路SSの第3部が届きました。
どうぞ、お楽しみください。
桂雪路お誕生日記念SS『ぷらいすれす』
第3部 あれから数ヶ月。私は『伝説の女』として、東京裏社会の中で一目おかれる存在になっていた。 私を脅しに来たヤクザどもを逆にたどり、幹部クラスのやつにケンカの腕を売り込んだのは我ながら慧眼だったと思う。さんざん痛い目にあわされてきた女を身内にすることに下っ端どもは激しく抵抗したが、幹部の親父はさすがに計算のできる奴だった。売り飛ばすより飼って働かせるほうが金になる、そう思わせるだけの実力はイヤというほど見せ付けられている。鉄砲玉役として囲われている荒くれどもの一員として、ケンカや麻雀代打ちや用心棒代わりとして東奔西走させられる日々がこうして始まった。 私はヒナへの追及が止まるのなら一生飼い殺しにされても構わない覚悟だったんだけど、いざ極道の世界に入ってみると8千万円の借金なんて可愛いものだってのがじきに分かってきた。とにかくこの世界には小銭という概念がない。客から巻き上げるときは諭吉さん単位だし、ヤクザ同士で交渉や落とし前をつけるときには100万円の札束単位。使い方も荒っぽい。下っ端でも雇われ用心棒でも万札より小さい金額のお釣りは受け取ったりせず、その日のうちに飲み明かし使い切ってしまう。使いっ走りに過ぎなかった私の懐にも、喫茶店をやってた頃とは比較にならないお金が回ってくるようになった。 私はそのすべてを借金返済にあてた。実績を上げるにつれて割り振られる仕事の規模も大きくなり、動く金額も増えていく。名指しで私を指名してくる依頼人も現れ、袖の下を受け取ることも珍しくなくなっていた。この分だったら数年のうちに完全返済できちゃうかも……返済完了後のことはなるべく考えないようにしながら、私は次第に極道の流儀に染まっていった。 そんなある日。私は歌舞伎町のジャズバーに、舎弟たちと一緒に張り込んでいた。今夜の獲物は中堅の区議会議員。スキャンダルをネタにして脅し、依頼人である某企業に有利な口利きをさせるのが目的。さすがに議員の事務所に乗り込むわけには行かないから、息抜きに訪れるというジャズバーで身柄を押さえて脅迫するというのが今回の計画だった。当然ながら1人で来るわけないので、家族や護衛役を黙らせるのも仕事のうち。 「姐さん、今日は来ますかね、あいつ?」 「さぁね」 耳打ちしてくる年上の子分に生返事をする私。警戒されたらお終いなんだから、とにかく薄く広く網を広げて待つしかない。こうして張り込みをするのも5日目を数えていた……そんな私の耳に、なんだか聞きなれた楽器の音色が飛び込んできた。 「えっ……?」 ふと視線をステージに向ける私。そこには若々しいバンドの連中が上がり、ジャズバーには似合わないラブソングを演奏していた。そこでベースを鳴らす青年の顔に、私の視線は釘付けになった。 《薫……?!》 髪型も服装も変えていたが見間違えるわけもない。そいつは高校まで一緒にバンドを組んでた、幼馴染でバカの薫だった。あいつまだバンドやってたんだ……驚きとともに懐かしさが胸に込みあげる。すると私の視線に気づいたのか、演奏したままの薫の目が一瞬こちらのほうに向いた。 《あっ……》 とっさに目をそらす。薫に分かるわけがない、今の私は厚化粧に虎縞のジャケットを羽織った、どこから見ても堅気に見えない格好をしてるんだから。数秒我慢してからおそるおそる顔を上げると、薫はまた何事もなかったように視線をベースの手元に戻していた。ほっと息をつくとともに一抹の寂しさを感じた私は、ほんの数メートルしか離れてない薫との距離がいつのまにか手が届かないほどに離れてしまったことを、これでもかと言うほど痛切に感じた。 薫は何も悪くない。こんな道を選んだのは私の罪。あんたはずっとバカのまんまで、光の当たる道を歩いてちょうだい……。 「姐さん……来ました」 舎弟の1人に肩を叩かれて、私は現実に意識を戻した。そして店の奥のVIPボックスに向かう集団に目を向けると、その後を追うために静かに席を立ったのだった。 ヒナの顔が見たかった。 仕事が終わった翌日の朝、尾行がないことを何度も確認しながら私は桂先生のお宅へと向かっていた。あの日からヒナには会ってない。週に1回くらいは電話で声を聞いてるけど、直接に顔を合わせる勇気は今までなかった。ヒナを怖がらせたくはなかったし、こんな私をヒナが見慣れてしまうのも別の意味で怖かったから。声だけでも繋がってれば姉妹のままで居られる……ゆうべ薫と会うまでは、そう思ってた。信じ込もうとしていたんだ。 《どんな格好してても……私は私のままだよね?》 そんなか細い希望の糸を信じたくて、確かめたくて。なるべくおとなしめの服装を選んだ私は朝陽に照らされた住宅街を、どこか居心地の悪さを感じながら歩いていた。ヒナの手を引いて先生の家を訪れたときとはまるで違う、別の街に来てしまったような感覚。先生の家に近づくにつれて見えない空気の重りが私の背中にのしかかり、足取りを重くする。大丈夫、気後れしてるだけ。ヒナの顔を見れば一瞬で吹き飛ぶに決まってるんだから……そう頭の中で決め付けて最後の角を曲がろうとした、その瞬間。 「おかあさん、行って来ま〜す♪」 「はぁい、気をつけてね、ヒナちゃん」 私はとっさに電信柱の陰に隠れた。おそるおそる覗きみると、可愛いランドセルを背負ったヒナが先生の奥さんに見送られ、満面の笑みで手を振っていた。そこにはヤクザに脅えていた頃の暗い表情も、両親が蒸発したころの不安げな陰もなかった。幸せに包まれた子供ってこんな顔をするんだ、誰もが胸を温かくするような理想的な家族の光景が、そこにはあった。 朝陽にも負けないヒナの表情がすごく可愛くて、だけどたまらなく眩しくて。 ……私は懐に隠していた黒いサングラスをかけなおすと、何も言わずに桂家に背を向けたのだった。 「もしもし、先生? 私」 「……雪路か? どうしたこんな真夜中に。待ってろ、今ヒナちゃんを起こしてくるから」 「あ、いいよ先生。先生に用があってかけたんだから」 その日の夜。冷たい雨の降る路地裏の電話ボックスから、私は桂先生に電話をかけていた。決心を固めるのに丸一日かかったけど後悔はしない。きっとこうするのが、ヒナにとっての幸福なんだ。 「どうした、元気にやってるのか? たまには顔を見せろ、ヒナちゃんは楽しみにしてるんだぞ」 「……ごめん、当分いけそうにないんだ。外国に逃げることになったから、私」 絶句する先生に向かって、私は何度も書きなおしたメモを読み上げた。借金は半分ほど返済を終えたものの、残りは厄介な奴らばかり。このままじゃ拉致されて腎臓を切り取られかねないから、ほとぼりが冷めるまで日本を離れようと思う。心配しないで、私はどこだってやっていけるから。 「そんな、だったらヒナちゃんも一緒に連れて行ってやれ! いつ飛び立つんだ、明日か、明後日か?」 「ヒナにまで苦労はかけられないよ、せっかく新しい家族と仲良くやってるんだし。それより私が居なくなった後のヒナのことが心配で」 先生の叫びに乾いた笑いを返す私。いま話したことはデタラメもいいところだった。借金取りの傘下の組織に私が身をおいている限り、ヒナに取立てが行くことはありえない。さんざん荒稼ぎしたおかげで借金は残り3百万円を切っていて、あと2回も大仕事をこなせば負債はすべて無くなる。だからもっと楽しげに、もうすぐ迎えに行くからと伝えてもいい状況だった。だけど私が口にしたのは、それとは正反対のことだった。 「ヒナに危害が及ばないようにするには……外国に逃げる前に、私は天涯孤独になっておいたほうがいいと思うんだ。書類の上だけでも」 「なんだって?!」 「それでさ」 お姉ちゃんお姉ちゃんと私の後を追いかけてきていたヒナ。世界で一番大切な最愛の妹。ずっと守ってあげるからと約束した、その妹の小さな手を。 「この際だから、ヒナのこと正式に養女にしてやってもらえない?」 血痕と泥汚れに手を染めきってしまった私に出来ること。それは妹の手をそっと離して、もっとふさわしい人たちへと譲り渡すことだった。 |
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桂雪路お誕生日記念SS『ぷらいすれす』
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2007/11/10(Sat)
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双剣士さまによる雪路SSの第2部です。
双剣士さまいわく、全5部構成とのこと。 続きにご期待ください。
桂雪路お誕生日記念SS『ぷらいすれす』
第2部 両親に捨てられた美人姉妹が身を粉にして働いて借金を返す。そんなドラマのようなハッピーエンドを迎えられるほど現実は甘くない。 決意を新たにして喫茶店経営に乗り出した私たちだったが、暗礁に乗り上げるのに時間はかからなかった。まず借金取立てのヤクザたちが押し寄せるようになったせいで客足がめっきり減ってしまった。最初のうちはヤクザと戦う私に喝采を送ってくれていたけれど、入れ替わり立ち代り訪れる荒くれ者たちにコップを割られ椅子を壊され続ければ、係わり合いになりたくないと思うのも無理はない。ただでさえお客が多いとはいえないお店だったのに、今では1日の来客が片手で足りるくらい。勇気とお財布に冷たい隙間風が吹くようになり、忙しさに気を紛らわせていたヒナの表情も沈んだままになる日が増えていった。 問題はそれだけじゃなかった。高校を卒業した私はともかく、ヒナは小学校に通わなきゃならない。ヤクザたちはそっちにも押し寄せるようになっていた。喫茶店で私の鉄拳制裁を受けたヘタレどもが、無力で怖がりな妹の方に照準を移したらしい。直接危害は加えないとはいえ、校門を出たところで待ち伏せて大人数人で取り囲むとか『お金を返さない悪い子』と拡声器で騒ぎ立てるといった卑劣な手段に出てるらしい。私はその事実をヒナの口からではなく、心配して家まで送ってくれた小学校の先生から聞いた。 「雪路、なんで辛抱してるんだ? 困ったことがあったらいつでも来いって昔から言ってるじゃないか、お前は遠慮なんかする奴じゃなかったはずだろ」 「……ん。まぁ気が向いたらね」 送ってくれたのは偶然にも、私が小学生のときに担任だった桂先生だった。悪戯したり荷物を持たせたりとさんざん迷惑をかけた先生なのに、卒業後も何かと私たち姉妹に気をかけてくれる。お礼の言葉なんかじゃ済まされないくらい感謝してるけど、だからこそ借金で困ってるときに頼りになんかできない。8千万円の借金があるなんて話したら、この人は自宅を売り払ってでもお金を作りかねない人だから。 「なんなら明日から、先生が学校まで送り迎えしてやろうか? 車だからすぐだぞ」 「いやいや、いいっていいって」 ヒナのことを脅したヤクザどもは今夜シメに行くから……そんな理由を小学校の先生に漏らすわけには行かない。曖昧に笑って誤魔化すしかない私のことを、桂先生は心配そうに見つめていた。涙が出るほど嬉しかったけど、そんなそぶりを先生に見せるつもりは毛頭ない。出来の悪い生徒にだってプライドはあるんだから。 このときの私は勘違いをしていた。私たちの敵はヤクザではなく、借金の元締めのほうだってことに気づかなかった。潰しても潰しても便所虫のように沸いてくる借金取りのヤクザどもとの戦いはどこまでも果てしなく続き、喫茶店の閑古鳥ともあいまって私は心身ともに疲れ果てていた。勘のいいヒナは私が何をしてるか薄々感づいてるらしく、私を困らせない聞き分けのいい子になろうと無理してる様子が見て取れるようになった。 《このままじゃ、いけない》 たった1人の妹なのに、まだ6歳になったばかりなのに、無邪気に泣いたり怒ったりしない子になりつつある。外の敵と戦うことばかり考えていた私は、そのことに気づいてショックを受けた。そしてヒナのフォローに気が回らない自分の限界を痛切に感じた。借金取りの攻勢を防ぐことは出来ても、妹が内部から壊れていくのを止められないようでは姉として失格。私はプライドを捨てることに決めた。 その日はきれいな夕焼けだった。リュックを抱いたヒナの手を引いて、私は線路沿いの小道を歩いていた。肩に背負うのは愛用のギター。なにか思い出になるようなものを、ヒナの側に置いといてあげたかったから。 「お姉ちゃん、私やっぱり……」 「心配ないって。桂先生のとこだったら学校から近いし、怖い連中も近寄ってこないからさ」 桂先生には電話でアポを取ってある。子供の居ない奥さんの喜びようは大変なもので、美味しいケーキとフリフリのお洋服を用意して待っていると連絡があった。正直ヒナの趣味に合うか不安ではあるけど、こういう普通の女の子らしい歓迎の仕方をしてくれるのは本当にありがたい。今のヒナにはこういう平凡な幸せが必要なんだから。 「お姉ちゃん……お姉ちゃんまで、いなくなっちゃうの?」 「そんなことないって。約束したでしょ、ヒナのことは私が守ってあげるって」 「だったら毎日喫茶店に会いに行ってもいい?」 「それはダメ。先生の家をヤクザに突き止められたら困るからね。私のほうから時々遊びに行くわよ」 桂先生に頼んだのはヒナの身辺警護と情操教育。ヒナが通ってる小学校の先生の家なら、これほど安全な場所はない。でもそれ以上の迷惑はかけられなかった。借金の始末とヤクザの応対については私が責任を持ってやるしかない。喫茶店だけで稼ぐのが無理なことは分かっていたから、少々荒っぽいやり方をするつもりだった。そのためにはヒナは傍に置かないほうがいい……ヒナにも奥さんにも内緒だけれど、桂先生にはそう話してある。先生は止めてくれたけど、これだけは譲れない。 「私、お姉ちゃんと離れるのイヤだ……」 「なにバカなこと言ってんの、私がヒナのこと置いてく訳ないでしょ? ヒナは世界一大切な私の妹よ、これからもずっと」 「本当?」 「ほんとほんと」 小道を曲がると住宅街が見えてくる。先生の家の玄関先では奥さんらしき女性が千切れんばかりに手を振っていた。今夜だけは私も先生のお宅に上げてもらって、新しい家族と一緒に御馳走を食べることになっている。大事な妹を預けるために演じる一夜限りの家族団欒。これから修羅の道に足を踏み入れる私にとっての、最後の人間らしい思い出として。 |
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桂雪路お誕生日記念SS『ぷらいすれす』
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2007/11/10(Sat)
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くどいようですが、今日11月10日は桂雪路の誕生日です。
その記念に「支天輪の彼方で」の双剣士さまより、雪路SSをいただきました。 このような素晴らしいものをいただけるとは、夢にも思いませんでした。 私もたまにはSS書かないと・・・。 それでは、SSを御覧下さい。 桂雪路お誕生日記念SS『ぷらいすれす』 第1部 平凡な日常の崩壊は、ある日突然やってくる。そして日常に慣れきってる私たちは、崩壊が始まってることになかなか気づかない。父さんと母さんが姿を消した日の晩も、私はあまり深刻に考えていなかったような気がする。 「ただいま〜、あー疲れた……」 「お姉ちゃん! お父さんとお母さんが居ないの、どこにも居ないの!」 バンドの練習から帰ってきた私を待ちかねたように、玄関に飛び出してくる妹のヒナ。心細さで半泣きになってた妹の頭を、根拠のない気休めの言葉を吐きながら私は丁寧になでてやった。借金をしてる父さんたちが毎日夜遅くまで金策に走り回ってたのは18歳の私でも知っている。でも父さんと母さんは私たちの前では優しく振舞ってくれていたし、どんなに遅くても毎日帰ってきてくれた。今夜だってきっとそうだろう。 「あはは〜、ヒナは泣き虫さんだねぇ〜? 心配ないって、ちょっと遅くなってるだけだから」 「でも……」 「お腹すいたでしょ? 今日はお姉ちゃんが晩御飯を作ってあげるわよ。オムライスでいい?」 「……お母さんのがいい。お姉ちゃんが作ると殻だらけで美味しくない」 「あーっ、言ったなぁ! それじゃヒナの分は卵なし!」 私は妹の髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜると、手をつないで台所へと向かったのだった。 結局その日は、父さんも母さんも帰ってこなかった。翌日もその翌日も戻っては来なかった。 不安がり寂しがる妹に向かって私は言った。父さんたちはきっと帰ってくる、それまで元気にお留守番してよう。学校にも通って喫茶店もいつもどおりやろう。そして帰ってきたら思いっきり甘えてやろう……連絡のない両親の態度に不安がないといったら嘘だったけれど、それでも私はいつか日常が戻ってくると信じていた。両親がこのまま帰ってこないなんて完全に想像の枠外だった。だって今まで、一度だってそんなことは無かったんだから。 「ねっ、ヒナ、頑張ろ?」 「……うん」 信じられなくても信じたい。幼いながらも私の気持ちが伝わったのか、ヒナは涙をぬぐって頷いてくれた。両親の居ない喫茶店を姉妹2人で回すというのは意外と大変で、忙しさと充実感のおかげで暗い思考に陥らずに済んだことも大きかった。バンドの仲間も時々手伝いに来てヒナのことをからかったり励ましたりしてくれた。まったく、父さんたちが居てくれたらこんな苦労をしなくて良かったのに……そんな風にぼやく私の言葉も、この時点では単なる冗談に過ぎなかった。 そう、1週間後にヤクザがお店までやってきて、両親の蒸発と8千万円の借金のことを告げるまでは。 「おうおう、借りたもんは返さなきゃいけないって教わらなかったのか? この際だから姉ちゃんには風俗にでも行ってもらおうか、その身体だったらガッポガッポ稼ぐのも夢じゃ……」 荒っぽい台詞で取り立てに来たヤクザたちを丁重に店外に叩き出した私にとって、8千万円などという金額はまるで現実感が無かった。それより心配なのは妹のヒナのことだった。両親に捨てられて毎日のようにヤクザに脅される……5歳の女の子には辛すぎる境遇。いまはお客さんやバンド仲間がなぐさめてくれているけれど、夜になって私と2人きりになったら現実が小さな肩にのしかかってくる。そしてそれは今日からずっと、借金を返し終わるまで続く。 「どうしようか……」 借金のことではなくヒナの身の振り方について、私は思いをめぐらせた。いくら私でも四六時中ヒナの側にいてやることはできないし、そんなことをしたら借金が雪だるまのように膨らんでいく。かといって頼れそうな祖父母や叔父叔母はいない。遠縁の親戚は居るけれど借金に追い立てられてる現状では手を貸してくれそうにない。私でもどうにもならないことを、薫のバカや友人たちに押し付けるわけにも行かない。 「お姉ちゃん……」 ふと気づくとヒナが私の足にしがみついて、不安そうに両目に涙を溜めていた。そうだ、両親が戻ってこないと聞いて一番不安がってるのはヒナなんだ……私は将来の心配をひとまず夜空に放り出して、目の前の心配事に向き合うことにした。 「あはは、大丈夫だって。父さんたち、きっと帰ってくるからさ」 「だって……」 「大丈夫よ、ヒナのことはお姉ちゃんが守ってあげるから。あんな変な奴らになんか絶対負けたりしないから」 前半は気休めだけど、後半は紛れもない本心だった。その誓いを自ら破るときが来るなんて、このときの私は夢想だにしなかった。 |
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